新宿3丁目の小料理店

帰国すると無性に焼きたらこを食べたくなる。新宿3丁目に魚を食べさせる小料理店があり、けして絶品というわけではないのだが、帰国後はここのたらこを食べに行く。


店はテーブルを二つ置いた座敷とカウンターがあるだけの小さなもので、夫婦二人で切り盛りしている。店主は釣りをするらしく、ときどきくたびれたサラリーマン風のおやじが一人、カウンターに腰をすえ、ホッケの開きでビールを一杯やりながら、店主とつり談義をしている。


半年に1度行く程度だが、最初に来たのは7年くらい前になるだろう。そのころから夫婦はほとんど会話もなく、黙々と作業をしていた。店主もその妻も、客には笑顔を見せるのに、互いに笑いあっているところを見たことがない。それでも注文が入ると、阿吽の呼吸で作業が流れてゆく。


先日、久しぶりにまたその店に行くと、店主も奥さんも時が止まったがごとく、少しも年を取っていない。店内は少し古くなったようだが、夫婦はあいかわらず注文が入ると、奥さんが黙々と冷蔵庫から魚を出し、店主がむっつりとそれを焼く。しばらく眺めていると、店主はすれ違いざまふと、奥さんに何かを言って笑いかけた。


おもわず左右を見ると、カウンターのおやじたちは背中をまるめたまま、ただ粛々と箸を動かしている。夫婦は再び無言の流れ作業を続け、それはいつもの見慣れた光景だった。ただ、ガスレンジ脇の黒いしみは以前よりだいぶ広がり、そこから染み出した何か「別のもの」が、いつのまにか店を「違うもの」に変えているかのようでもあった。