駐在員の恋

大連に新しくできた「王将」でラーメンを食べていると、隣に美人の2人組がやってきた。頭が小さく、手足が長い。同じ女性としては、別の生物に出遭ってしまったような感じなのである。ファッションも日本の女性と変わらない。中国語で話をしていなければ、日本人OLにも見える。


しばらくして1人の電話が鳴った。女性は「モシモシ」と片言の日本語で電話に出た。相手が何をしているかと聞いたのだろう。「今、ラーメン食べてます。ソウ。ガラスの前。あとで仕事行きます」と言い、女性は「それじゃ、あとで」と繰り返し電話を切った。


時間は夜の7時過ぎ。きれいに化粧した女性がこの時間にあとで行く仕事といえば、夜の仕事が思い浮かぶ。もう1人の女性が電話に出た女性に、やはり片言の日本語で「嫉妬でしょ、嫉妬」と言った。


ときどき、日本人駐在員と夜の女性の「恋」の話を聞く。おおむね、家庭を持った中年男性の恋の話で、単身赴任の場合もあれば、家族も一緒という場合もある。いろいろあって最終的に結婚にいたることもあるが、多くの場合、それははかなき夢に終わる。金だけむしりとられてお払い箱になり、それとは気付かないまま幸福な思い出に変わることもあれば、仕事も家庭も棄て駆け落ちした人の話も聞いた。相手に殺されたとか自殺したといった、都市伝説じみた話もある。


日本ではごく普通のサラリーマンであるおじさまたちも、駐在員となれば、待遇は格段に上がる。特に中国のように物価の安い国では、ある種、特権階級の人々である。たとえば私の住むローカル向けマンションは家賃3万円弱で、中国人には「高い!」と目を丸くされる。駐在員の住む外国人向けマンションの家賃は数十万円、日本で考えても高い。ましてやこの国で、こうしたマンションに暮らせる人は、ごく一握りに限られる。仮初めながらも、リッチなエグゼクティブ感覚を味わうことができる。


もちろん、海外での仕事はしんどいと思う。中国での仕事には必要以上のストレスも多い。一方、遊べる場所は日本ほど多くなく、人間関係も限られる。駐在員のなかには、中国語ができない人もいる。憩いを求めて流れる場所は、日本人向けスナックなどになる。大晦日、北京のスナックで年を越していると、1人でやってきたおじさんがカウンターで、お店の女の子と楽しそうに話をしていた。


ときおり聞こえてくる駐在員の「恋」の噂は、突然、超リッチになってしまった孤独な日本人サラリーマンの悲哀なのかもしれない。