騙す男2

ハルピンの東駅から市内までタクシーに乗ったときのこと。駅前を流していた車を拾うと、運転手はどこかきな臭い匂いのする中年男だった。


目的のホテルを告げれば、男は「そこは高い、他にいいところを知っている」と盛んに言う。黙っていると、男もやがて押し黙った。


20分も走ると目的地に着いた。男は「75元(約1000円)」と言ってメーターを指差した。20分足らずの距離でこの金額はありえない。ホテルで値段を確認すると言うと、「ここは駐車ができない。会社まで行って相談しよう」と車をのろのろ運転し始めた。


周りは路駐の車ばかりだし、話がおかしい。言われた金額を出すか、あくまで白黒つけるか、と考えたところで、向かいから車が徐行してきた。おもいきって対向車線のドアを開けると、男は「何するんだ!」と車を止めた。対向の車も驚いて車を止め、こちらを見ている。その間に私は車を降りた。「一緒にホテルまで来てくれれば払う」と提案すると、男は「20元(約300円)でいい」と言い出した。


そのうち、通行人が何事かと足を止めてこちらに注目しはじめた。車のナンバープレートを見ようとすると、男は車を動かし、どうしてもプレートを見せようとしない。ふとしたスキに確認すると、そこにナンバープレートはなく、いわゆるタクシーを模した闇タクだった。


男は「10元(140円)でいいから、ガソリン代を払え」と言う。ガソリンがそんなに高いわけはないが、10元札を渡すと、男は私の帽子をむしり取り地面に取り投げつけ、悪態をつきながら車に戻って行った。


町中だったこともあり、男は比較的諦めがよかった。しかしあのまま車に乗っていたらどこに連れていかれたかわからない。またヘタをすれば、逆上した男に刺されるようなこともありうるだろう。


この国に来てから、ときどき、ごく平凡な日常のなかで、ふいに先の見えないような「穴」をうっかりのぞくことがある。それは外国人にかぎらない。同じ中国人でも油断をしていると、どこで穴にはまるかわからない。そんな話はどこでも聞かれる。また一瞬の判断で、その先ががらりと変わることもある。日本ではあまり意識したことのなかった「生きる」という実感が、ここではよりリアルで身近なものとなる。